【千夜一夜物語】(22) 地下の姫ヤムリカ女王の物語(第355夜 – 第373夜)

前回、”肉屋ワルダーンと大臣の娘の話”からの続きです。

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遠い昔、ギリシアの賢者ダニアルは、死を近くして子供にめぐまれた。
自分の所蔵する文書が息子に渡るか案じたダニアルは、まずそれらの知識を五枚の文書に要約し、さらにそれをたった一枚に集約。
息子が父の財産を求めたときにそれを渡せと遺言し、それ以外の文書をすべて処分して死ぬ。

ところが生まれた息子ハシブは、十五の年になってもニート生活をつづけ、心配した母が妻をめとらせてやっても、何もしようとしないのである。
それでも木樵たちがハシブの面倒をみてやろうと申し出たため、ハシブもその気になり、仕事をはじめた。

ある日、山の中で雨宿りした洞窟の中で、蜜がつまった壺が地下にあるのをハシブが見つけた。
木樵たちはハシブを地下におろして壺を上げさせ、しかしハシブはそのままにし、母には狼に襲われて死んだと報告し、蜜壺を売ってもうけを山分けにする。
残されたハシブは横穴をみつけて脱出し、金の玉座と一万二千脚の宝石の椅子が配置された、地底湖のほとりに出る。
そこは地下の姫ヤムリカ女王が治める、人頭蛇身のラミアたちの国。
その越冬地であった。
蛇女たちはハシブを歓待し、次の話をはじめた。

【ブルキヤの物語】

バニー・イスラーイール王国の王は、死にあたって息子ブルキヤに対し、まず宮殿内をすべて調べよと遺言する。
そのとおりにすると、一枚の羊皮紙がみつかった。

「あらゆるものの君主たらん者はスライマーンの墳墓「七つの海の島」にて彼がはめた指輪を見つけよ。
それはかつてアダーム(アダム)が楽園ではめ、天使イブラーヒーム(アブラハム)が奪い、スライマーン(ソロモン)に贈ったものである。
しかし彼の島へ渡るにはヤムリカ女王の地下王国にある草の汁を足にぬり、海を歩いて渡らねばならぬ。
すなわち指輪を欲すればまず地下王国をめざせ。
指輪を入手したあかつきには「冥府の国」にて「生命の泉」を飲み、不死となることもできるであろう」

ブルキヤは賢者オッファーンを召し出し、大臣に後を託して指輪を探す旅に出る。
オッファーンはすぐに地下王国の場所、すなわちハシブが迷い込んだこの地底湖を探しあて、海を渡る草の汁を入手した。
事情を聞いたヤムリカ女王は、スライマーン以後は何者もその指輪の所有者になることはできぬのだと忠告するが、彼らは意に介さず海へ向かった。

七つの海を渡り、猛獣や奇怪な果実などで満ちた島々をめぐって、ブルキヤらは「七つの海の島」につく。
壁がダイヤモンドでできた深い洞穴に入っていくと、最深部の広間に金の寝台があり、左手に指輪、右手に王杖を持ったスライマーン・ベン・ダーウドがそこに横たわっていた。
ブルキヤが呪文をとなえているうちにオッファーンが指輪をとりはずそうとするが、緊張のあまり呪文をまちがえ、オッファーンはダイアモンドのかけらに打たれて灰と化してしまう。

草の汁も灰になってしまったため帰るすべを失ったブルキヤが、あてもなく島内を歩いていると、精霊たちの軍団があらわれる。
遠くコーカサスの向こう「白き地」を治める王、サフル配下の鬼神たちである。
よければ主君に会わせてやろうという彼らに、抜け目なく話をあわせ、鬼神の手を借りてブルキヤは島を脱出する。
サフル王はブルキヤの身の上話をよろこび、自分たち鬼神と火のかかわりの歴史を語り、ブルキヤを故郷近くの国境まで送った。

帰途につこうとすると、美しい青年が二基の墓の前で悲しんでいるのに気づく。
青年は次のような身の上話を語った。

【悲しみの美青年の物語】

青年はカブールの王ティグモスの息子で、ジャーンシャーという。
ある日狩りに出て獲物を深追いした青年は、船を川の急流に流されて遭難してしまった。
たどり着いた岸には上半身と下半身がまっぷたつにわかれる人肉喰いがいて、一緒に流された白人奴隷のうち三人が喰われてしまう。
あわてて逃げ出すと、次についた土地には宮殿がある。
中に入ると大猿や小猿たちがあらわれ、青年を王にかつぎあげて隣国のグールたちと戦争をはじめるのだった。
しかたなく戦闘を指揮し、小休止していると、ある岩にスライマーンよりのメッセージが彫られている。
「汝の前に解放のためのふたつの道がある。
右の道は短い道だが、魔神どもが棲みつく砂漠を越えていかねばならぬ。
左の道は四か月にも及ぶ長い道で、「蟻の谷」渓谷を抜けて、火の山のふもと「ユダヤ人の都」へ出るであろう」進路を左にとると、蟻の軍団があらわれて猿どもと戦闘をはじめた。
残っていた白人奴隷もすべてその戦いで死に、青年はひとりで脱出する。

やがて「ユダヤ人の都」につくが、その町の人々は、なぜか何ひとつ声を出さない。
身振り手振りでカブール行きの隊商がないことを知り、弱りながら歩いていると、あるユダヤ人が千ディナールと女奴隷を報酬に仕事を請けおう者を探していた。
それに応募した青年は、三日間を女奴隷と過ごし、四日目の朝、驢馬にのってユダヤ人と高い山のふもとに出かけた。
ユダヤ人は驢馬を殺してくりぬき、青年をその中に縫い込む。
やがて怪鳥があらわれ、驢馬に入った青年をえさだと思い巣に運ぶので、正体をあらわして山の上にある宝石を下に投げろ、それがおわったら降りてきて共に帰ろう、という指示。
しかし宝石を投げ終わっていざ降りようとしてみると、降りられるような道など見あたらないのだ。
ユダヤ人は青年をそのままにして帰ってしまった。

山中を二か月ほどさまようと、宮殿に出る。
中には王冠をかぶった老人がおり、次のように語る。
この宮殿はスライマーンが建てたもので、自分は代官として鳥類を統べている。
鳥どもは毎年表敬のために集まってくるので、そのとき青年を鳥に託して帰してやろう、それまで自由にしてよいが、金の鍵で開く部屋にだけは入ってはならぬ。

しかし好奇心を起こした青年は、その部屋に入ってしまう。
中は泉水を中心として宝石に彩られた美しい部屋である。
青年が見ていると、三羽の鳩があらわれ、白い羽をぬぎ捨てて泉に入ると、それらは若く美しい乙女の姿に変わった。
あまりの美しさに心をうたれ、我をわすれてかけよると、乙女たちはふたたび羽を着て鳩にかわる。
彼女らは、私たちはダイヤモンドの宮殿のナスル王の娘である、つきあいたいならば宮殿を訪ねて来よ、と言い残して飛び去った。

老人によると、ナスルは魔神の首領のひとりであり、まともに訪ねても娘を娶すようなことはないだろう。
どうしても彼女らを手に入れたいならば、隠れて羽衣を奪え。
彼女らはさまざまな手管で返してくれというだろうが、わたしが来るまでけして返してはならぬ。
青年は三人のなかで最も愛らしい末の妹シャムサの衣を奪う。
青年が衣を返すつもりがないとわかると、シャムサは観念して青年に身をまかせた。

老人があらわれると、二人は結婚の誓いをかわす。
シャムサは青年をナスルに謁見させ、魔神の国で三十日のあいだ祝宴が張られた。
次に、こんどはカブールへ報告に帰る。
死んだと思っていた息子が妻を連れて帰ってきたため、父母はたいそうよろこび、青年とシャムサはそこで幸せに過ごした。

一年ののち、青年とシャムサは、再度ナスルを訪ねようと旅に出た。
しかしそれが間違いだったのである。
旅の途中、水浴びのために川に入ったシャムサは、水蛇にかまれて死んでしまったのだ。
青年はひどく悲しみ、シャムサの墓の横に、もう一つ自分の墓を作らせた。
それがこのふたつの墓である。

ブルキヤは青年をともに連れ帰ろうとするが、頑として動かない。
ブルキヤは一人で国へ戻った。

語り終えたヤムリカ女王はハシブを引きとめるが、母と妻を思い帰宅することにした。
ヤムリカ女王は、けして浴場で湯に入ってはならない、そのことはあなたを死に導くであろう、とハシブに忠告する。
家に帰ると、母と妻はたいそう喜んだ。
木樵たちはハシブに謝罪して財産の半分づつを提出する。
ハシブは彼らを許し、それをもとでにして店を開き、たいそう繁盛した。

ある日ハシブは、湯屋で入浴を勧められる。
強行に固辞するハシブに野次馬たちが集まってきて、おもしろがってむりやり湯を浴びせかけた。
するとそこに警吏があらわれ、ハシブをひったてて宰相のまえに置く。
大臣は国王カラズダーンの癩病を治すため、万病を癒すというヤムリカ女王の乳を探しているのである。
ヤムリカ女王の地底国に行った人間は腹の皮が黒くなり、その症状は湯につかったときにはじめてあらわれる。
そこで大臣は、ふだんから警吏に湯屋を見はらせていたのである。

ハシブは大臣に引き立てられ、ヤムリカ女王に再会した。
ヤムリカは二本の乳をわたし、一本は国王の快癒のために使い、もう一本はかならず大臣が飲みたがるであろうから飲ませよ、とささやく。
乳を飲んで国王が快癒したのを見た大臣は、ヤムリカの言葉どおり万病予防のため乳をのむ。
すると大臣の身体はみるみるふくらみはじめ、破裂して死んでしまった。

国王はハシブを代わりに宰相の座につける。
たくさんの財貨と栄誉を得たハシブは、ここではじめて読み書きを学んだ。
学問に興味をもち始めた彼は、大学者だった父が残したものを知りたがる。
すると賢者ダニアルが残した一枚の紙には、こうあった。

「学問なんてむなしいもんだ。
絶対的な真理と英知をもたらすものがいるのだから。
それは預言者ムハンマドだ。
彼と友人と信徒に幸あれ」

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次回は、智恵の花園と粋の庭です。

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