琉球王国に見るこれからの沖縄の未来について!

今日(2014年11月16日)の沖縄県知事選投開票の日にあたり、沖縄の過去と未来に対して思うことを少し整理しておきたいと思います。
家内が沖縄出身ということもあり、私にとっても沖縄は第2の家族の住むとても大事な場所ですので、そうした若干主観的立場からの整理となりますこと、ご容赦ください。

1972年5月15日、沖縄は日本に返還されました。
しかし、2013年時点でも2万3千haの米軍施設が沖縄にあり、日本にあるアメリカ軍専用施設の73.8%が沖縄県内に集中しているような状況です。
辺野古だ普天間だ、と断片的なニュースの切れ端しかメディアからは流れてきませんが、以下の地図でみれば、沖縄県全体に占める基地の状況を見ただけでも、どれだけ多くの問題が沖縄だけに押し付けられているのかがよくわかります。

例えば、いざ自分が住む町の中にこれだけの比率で米軍基地が点在する、と想像してみてください。
誰しもが即刻”NO”と言われるでしょうし、そういった事態は前もってわかっていれば絶対に許容しないという選択を誰しもが採るはずです。
しかし、沖縄県にはそうした選択権が一切ないまま、戦後70年近くを迎えようとしています。

okinawa

冒頭で”沖縄は日本に返還”されたと書きましたが、果たしてこれは正しい記述なのでしょうか。

元々かの地には、1429年から1879年の450年もの間、琉球王国が存在していました。
総人口17万に満たない小さな王国ではあったものの、隣接する大国明・清の海禁や日本の鎖国政策の間にあって、東シナ海の地の利を生かした中継貿易で大きな役割を果たして栄えた独立国家で、その交易範囲は東南アジアまで広がり、特にマラッカ王国との深い結び付きが知られています。
なんと沖縄という地域は、過去には既にアジアのハブ都市としての役割を果たしていたのですね。
今の時代であるからこそ、沖縄はその地の利を生かして琉球王国が行っていたような経済的役割を取り戻すだけで、政府依存しない地域主権を存分に発揮できるものと私は確信しています。
※)勿論、大変な道のりであることは十分に承知した上での意見です。

1609年の薩摩藩の進軍により琉球王国はこの付庸国となり、以降薩摩藩と清への両属という体制をとりながらも、琉球は独立国家の体裁を保ちながら明治を迎えます。
しかしながら、1879年の廃藩置県により王統の支配は終わりを告げました。
これを琉球処分といいます。
このように、一時期からは両属という立場ではあったものの、数十万人のわずかな人口で、今のように日本本土からの支援や助成を受けるでもなく、完全なる独立国家としての経済基盤を450年もの間築いてきたことには、感嘆せざるを得ません。
これは、手法や方策・政策により、地域主権が独立国家として十分に機能することを意味しています。
こうした過去に優れた見本があるからこそ、沖縄に限らず疲弊した地方は中央政府に頼ることなく、琉球王国に倣う時期にきていると感じるのです。

ちなみに、琉球処分の際に士族の一部が清国に救援を求め、清国も日本政府の一方的な処分に抗議するなどの外交交渉の過程で清国への先島分島問題が提案され、調印の段階まではきていたようです。
結果、最終段階で清国が調印を拒否したために分島問題は流れてしまうのですが、現在に及んで琉球処分そのものが無効であるという中国側の主張から、これが今の尖閣諸島の領有問題や東シナ海のガス田開発に絡めて、琉球は中国の領土であるとする人達も存在しているようです。
現在の緊張感高まる領土問題は、実は戦前の植民地支配に関わる問題だけでなく、この時代あたりから深く根付く歴史問題であった訳です。

戦後、政府から半ば札束で顔を叩かれながらずっと基地問題に苦しめられてきた沖縄ですが、日本本土にいるとそのあたりのことが皮膚感覚としてまった理解されません。
今回の沖縄県知事選の焦点は沖縄本島の中心部に位置するアメリカ軍普天間飛行場の移設問題ですが、この問題ひとつとっても、辺野古への移設を強引に進めようとする政府のやり方は、沖縄に対する日本全体の差別と痛みに対する無自覚さからくるものだと思えるのです。
しかも、あたかも基地問題がこれだけであるような刷り込みがここ何年も働いているのですが、沖縄の基地の現状は冒頭の地図にもあるように県全体に及ぶ大きな問題なのです。
基地からの独立と言っても一言で簡単には片付かないからこそ、これは沖縄だけで何とかできる問題ではなく、日本全体として議論・解決を図っていくべき大きな課題です。
しかしながら、このような問題を双方の識者や関係者が膝を寄せ合ってじっくりと今後の将来への課題解決を話し合う場がないことが、今の基地問題の大きな障害であると私は感じるのです。
基地からの独立は、日本全体で取り組む民族課題であるべきです。

こうした言葉はあまり使いたくはないですが、差別をする側にいる人は、自らが差別しているということの自覚がないのが常であることからも、現状の基地問題は沖縄に対する日本全体の無自覚な差別に他なりません。
差別される側が現状に対して幾度となく問題提議や激しい反対を唱えても、差別する側が無自覚なために、それを単なる地域のわがままと捉えたり、自分に関係のないことだということで理解不能な状態から抜け出せないままとなります。
先に”半ば札束で顔を叩くような形”と表現しましたが、政府から助成金を供出させるために反対運動を行っているかのごとき誤った風説が、今回もお金で解決すればいいのだという差別意識をはらんでいることに、日本本土に住んでいると気付かないことこそが問題なのだと思います。

こうした状況に、沖縄の人達は我慢の限界を超えています。
大半の住民には完全なる諦めもあるのでしょうが、それでも政府に対する怒りはこれまで以上に高まっていると感じています。
今回の沖縄県知事選の結果※)がどうであれ、沖縄の人達はこれまでのような受動的姿勢から、今の差別構造から脱却する課題解決に本気で取り組んでいくはずですし、そうしなければならない状況に来ています。
※)11月16日の投開票の結果、”普天間基地問題は国外か県外で解決すべき”という主張を行っていた翁長雄志氏が、現職の仲井眞知事を大差をつけて初当選しました、問題はこれからですね。
だからこそ、本土に住む人達も同じ日本人として、今の一方的なメディアの情報だけに惑わされることなく、現状を正確に理解・把握すると共に、そこで起きている痛みを知る一歩を始めて貰えたらといいな、と思うのです。

ひとりひとりの力は小さくとも、やがては大きな岩を砕く一歩となるはず!
まずは、問題の本質をきちんと理解すること、把握することから、始めましょう。