【千夜一夜物語】(55) 気の毒な不義の子のこみいった物語(第826夜 – 第844夜)

前回、”底なしの宝庫”からの続きです。

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昔、3人の学者がいて、帝王(スルタン)に近づこうと、王宮の前で派手な喧嘩をした。
3人は捕らえられ、帝王の前に引き出されると、それぞれ「宝石の系譜学者」「馬の系譜学者」「人の系譜学者」と名乗ったため、帝王は3人を王宮に留め置き、パンと肉を1人前ずつ与え、能力を試すことにした。

しばらくすると、隣国からの贈り物があり、中に美しい透明な宝石があったため、宝石の系譜学者に鑑定させることにした。
すると、「この宝石は無価値で、中に虫が入っている」と言ったため、帝王は死刑にしようとしたが、総理大臣が無実の者を死刑にすると神の前で弁明できなくなると諌めたため、宝石を割って確かめることになり、割ると虫が入っていた。
帝王は宝石の系譜学者のパンと肉の割り当てを2倍にした。

しばらくすると、ある部族から馬の贈り物があり、見事な黒鹿毛の馬であったため、馬の系譜学者に鑑定させることにした。
すると、「この馬は見事な馬であるが、瑕があり、それは母が水牛であることである」と言ったため、帝王は怒り死刑にしようとしたが、総理大臣が諌めたため、血統証を調べさせたところ確かに母は水牛と記載してあった。
帝王は馬の系譜学者のパンと肉の割り当てを2倍にした。

帝王は、自分の愛妾を人の系譜学者に鑑定させることにした。
すると、「真に美しく、多くの長所を持った女性であるが、母方は流浪民ガージャー(Ghajar)の遊女である」と言ったため、帝王は怒り死刑にしようとしたが、総理大臣が諌めたため、愛妾の父である王宮の執事を召し出し事情を問い正した。
すると、執事は次のように答えた。

執事は若い頃砂漠の隊商の護衛をしていて、あるとき、流浪民ガージャーの遊女の一団の野営地近くに留まったが、ガージャーの一団が去った後に、5歳ほどのガージャーの女児がはぐれて残っており、引き取り育てることにした。
女児は褐色の肌の美しい乙女に成長し、執事と結婚し、生まれたのが帝王の愛妾であった。

帝王は人の系譜学者のパンと肉の割り当てを2倍にした。

帝王は、人の系譜学者に、今度は自分自身を鑑定させることにした。
すると、人の系譜学者は人払いをし、「帝王は不義の子である」と答えた。
帝王は愕然とし、母の部屋に行き、真実を語るように迫った。
すると帝王の母は次のように語った。

帝王の母は先帝の第1の正妻であったが、帝王には子種がなく子供ができなかった。
先帝は第2の正妻を娶り、第3の正妻を娶ったがやはり子供はできなかった。
先帝は悲しみ、憂鬱な日々を過ごされた。
そこで、帝王の母は、王宮の若い料理人を部屋に呼び、交わった後口封じのため殺し、死体を庭に埋めた。
こうして今の帝王が生まれたが、先帝は大いに喜び、王宮の人々に多くの品物を下賜され、40日間の大宴会を開き、喜びを共にされたのであった。

帝王は、人の系譜学者になぜ不義の子であると思ったかを尋ねると、人の系譜学者は「帝王は3人の学者が功績を示したとき、パンと肉の割り当てを倍増しただけで、帝王の褒美と思えぬけちな褒美であり、真の帝王なら誉れの服や財宝を与えるものでなので、料理人の血筋と考えた」と答えた。
帝王は自分の生まれを恥じ、帝王位を人の系譜学者に譲り退位し、修道僧となって、放浪の旅に出た。
新しい帝王となった人の系譜学者は、宝石の系譜学者を右の守護、馬の系譜学者を左の守護とし、総理大臣は留任させ、新しい治世を始めた。

修道僧となった帝王は放浪の旅でカイロに着き、王宮を眺めていると、帝王マハムードが通りかかり、高貴な雰囲気を持った修道僧を不思議に思い、王宮に招き事情を聞いた。
修道僧が話をすると、帝王マハムードは大いに感心し、今度は自分がいかにして帝王になったかの話「若者の猿の物語」をし、身分の低い生まれを気にすべきではないと言って、帝王であった修道僧を総理大臣にした。
新しい総理大臣は政務を公平に行い、人々から名宰相と言われた。

あるとき、帝王マハムードが憂鬱な気分に襲われたため、帝王と総理大臣は精神病院を見学に行った。
そこには3人しかいなかったが、それぞれ「第一の狂人の物語」「第二の狂人の物語」「第三の狂人の物語」を語った。
帝王は3人を精神病院から解放し、それぞれの恋人と結婚させ、侍従に任命し、一同幸せに暮らした。

【若者の猿の物語】

昔、カイロに貧しい水撒人夫がいて、大きな山羊の皮袋を担いで水を撒き歩くことを生業としていたが、マハムードという名の若い息子を残して死んでしまった。
マハムードは収入を得る道がなく、修道僧となり、寺院に寝泊りし、物乞いをして暮らしていた。

ある日、マハムードは、気前の良い貴族から銀貨5ドラクムをもらった。
それを持って歩いていると、市場で猿回しをしている男を見つけ、猿を買えば、芸をさせることで安定した銭を稼げると思い、猿回しから猿を5ドラクムで買った。
猿がいては寺院に入れないので、廃屋で夜を過ごそうと廃屋に入ると、猿は美しい若者となり、金貨を取り出して食事を買ってくるように言い、2人は豪華な料理を食べ、廃屋で眠った。

翌朝、猿の若者は再び金貨を取り出し、マハムードに浴場に行き体を清め、美しい衣裳を買って戻って来るよう言った。
戻って来ると、今度は贈り物の入った箱を渡され、それを持って帝王(スルタン)のところへ行き、帝王の長女との結婚を申し込むよう言われた。
言われた通りにして帝王に贈り物を献上すると、それは美しい宝石の装身具の数々であった。
長女との結婚を申し込むと、帝王は大粒のダイヤモンドを示し、それと同じ大きさのダイヤモンドを婚資として差し出すように言った。
マハムードが猿の若者に相談すると、同じ大きさの大粒のダイヤモンド10個を出してマハムードに与えたが、条件として猿の若者の許しがあるまで王女の中に分け入らないよう言った。
マハムードが帝王に大粒のダイヤモンド10個を婚資として渡すと結婚が決まり、法官を呼び手続きが行われ、宴があり、初夜となったが、マハムードは王女の処女を奪わなかった。
猿の若者は、マハムードに王女のお守りの腕輪をもらってくるように言い、マハムードが王女からお守りの腕輪をもらい、猿の若者に渡すと、マハムードは貧しい服を着て、あの廃屋で目を覚ました。

マハムードが廃屋を出て、市場に行くとバルバル地方のマグリブ人の占い師がいたので、占ってもらうと、これは魔神(ジン)の仕業であると言い、読めない文字で手紙を書き、マハムードにそれをある所まで持って行き、主人に渡すように言った。
マハムードが言われた所まで行くと、無数の火が現れたが、それを持つ者は見えなかった。
中心の大きな火の前に行き、手紙を渡すと、「アトラシュよ、不信のジンを捕まえて来い」との声がし、すぐに猿の若者が捕まえられて来た。
声が「王女の腕輪を返せ」と言うと、猿の若者は断り、腕輪を飲み込んだので、猿の若者は殺され、体を裂いて腕輪が取り出された。
腕輪がマハムードに返されると、マハムードは豪華な服を着て、宮殿の部屋にいて、王女から腕輪をもらった時に戻っていた。

その後しばらくして、帝王は男子を残さずなくなられたので、長女の夫であるマハムードが帝王となったのであった。

【第一の狂人の物語】

その狂人の若者は以前、カイロで父祖の代から続く絹織物の店の主人であった。
ある日、上品な老女が来て、店で最も上等な絹織物を1反500ディナールで買って行った。
老女はその日以降毎日、同じように1反500ディナールの絹織物を買って行ったが、16日目に買いに来たとき、財布を忘れて来たため、若者は家まで代金を取りに行くことになった。
若者が老女と家の近くまで行くと、老女は「近所の女を見て誘惑されないように」と若者に目隠しをして、手を引いて屋敷まで行った。
屋敷に入り目隠しを取られると、そこは豪華な宮殿で、若者が売った上等な絹織物は雑巾として使われていた。

すると、50人の若く美しい女奴隷を従えた一段と美しい女主人が現れ、若者に結婚を申し込んだため、若者は半信半疑ながら承諾し、法官を呼び法的に結婚し、それから20日間愛し合った。
若者は店と母親が気がかりになり、一旦帰りたいと言うと、目隠しをされて、老女の手を引かれて、家に帰った。
以降、昼は店、夜は妻の屋敷という生活が続いた。

ある日、若者が店にいると、1000ディナールはしそうな宝石と金でできた雄鶏の置物を持った美しい女が来て、若者の頬にキスをさせてくれれば、その置物をただで渡すと言ってきた。
若者が承知すると、女は若者の頬に噛み付き、頬に傷がついてしまった。
女は置物を置いて帰った。

夜になり、妻の屋敷に行くと、妻は怒っており、昼間頬にキスをした女の死体を若者に見せ、若者を狂人として精神病院に監禁したのであった。

帝王マハムードと総理大臣は若者の話を聞き、若者を精神病院から解放して、目隠しをされた場所まで行き、そこから歩いた歩数を思い出させて、屋敷を見つけ出した。
そこは先帝の娘の一人で、マハムードの妻と異母妹にあたる人の住んでいる屋敷であった。
帝王マハムードは2人を和解させ、一緒に住まわせ、若者を侍従に取り立てた。
一同は幸せに暮らした。

【第二の狂人の物語】

その狂人の若者は、装身具を商う商人の子で、非常に堅物で、16歳の頃は女性の誘惑を避けて商売の手伝いをしていた。
ある日、美しい黒人の奴隷の少女が店に来て、若者に女主人から預かった恋文を渡した。
若者は読むと、誘惑されたと思い怒り、恋文を破り捨て、使いの黒人の少女を殴り、追い返した。

それから数年後、若者が妻を娶るような年齢になったある日、5人の美しい白人女奴隷を従えた一段と美しい乙女が店に現れた。
乙女は美しい足首を若者に見せてアンクレットを試し、腕を見せて腕輪を試し、首と胸をはだけて首飾りを試し、腰紐を試し、顔のベールを外してイアリングと髪飾りを試した。
それぞれの部分を見る度に、若者はあまりの美しさに理性を失いそうになったが、店には相応しい装身具はなかった。
しかし、乙女は試すたびに「父は私を醜いと言う」と繰り返し、さらに「父は私の醜さのため、奴隷として売り払おうとしている」と言った。
若者は乙女を妻としてもらおうと思い、乙女の父である「イスラムの長老」の所へ結婚を申し込みに行くことにした。

イスラムの長老に会って結婚を申し込むと、イスラムの長老は延々と娘がいかに醜いかを話し続けた。
若者はそれを承知で結婚したいと言ったため、法官を呼び結婚が行われたが、娘は店に来た乙女とは別人で、イスラムの長老が話した通りの醜い女であった。
若者は愕然とし、長い夜を過ごして翌朝早くに家を出て、イスラム寺院に行った。

イスラム寺院に行くと、例の乙女がいたため、若者は猛然と文句言ったが、乙女は恋文の事件の復讐としてやったと言ったため、若者は非を認め、乙女にすがり付いて泣き、助けを求めた。
乙女は大道芸人の一団を連れてイスラムの長老の家に行けば良いと知恵を授けたので、若者はその通りにし、大道芸人たちを親戚だと言って紹介すると、イスラムの長老は驚き、大道芸人たちと親戚になることはできないと言って、離婚するように若者に要求し、若者は醜い娘と離婚した。

若者は美しい乙女と結婚し、30日間激しく愛し合ったが、31日目には体調を崩し、愛し合うことができなかった。
新妻は怒り、若者を精神病院に入れた。

帝王マハムードと総理大臣は若者の話を聞き、若者を精神病院から解放して、結婚相手の屋敷を見つけ出した。
そこは先帝の三女に当たる人の住んでいる屋敷であった。
帝王マハムードは2人を和解させ、一緒に住まわせ、若者を侍従に取り立てた。
一同は幸せに暮らした。

【第三の狂人の物語】

その狂人の若者は、幼い頃に両親を亡くし、近所の人に育てられていた。
12歳になったある日、遊んでいると、小屋を見つけその中に年老いた賢者がいるのが分かった。
若者はその賢者から学問を学ぶことになり、5年の月日が流れた。

ある日、イスラム寺院の中庭にいると、宦官たちに囲まれた王女の行列が通り、ベールをした王女を一目見た若者は、恋に落ちてしまった。
若者は賢者に、王女にもう一度会わなければ死んでしまうと言い、年老いた賢者は、恋は身を滅ぼす原因になると言いながらも、王女に会う手立てとして、若者の瞼に魔法の薬を塗ると、若者の体は半身が消え、半身だけが見えるようになった。
若者がその姿で町に行くと、人々は珍しがり、話は王宮の王女の耳にも達した。
王女は若者を王宮に召し出し、不思議な体を眺めた。
こうして、若者は王女の姿を見ることができたが、恋心は更に募ってしまった。

若者が再び年老いた賢者に相談に行くと、賢者は老衰から最期の時を迎えており、若者に死んだら埋葬するように頼み、全身が透明になる魔法の薬を若者の瞼に塗ると死んでしまった。
若者は老賢者を埋葬した。

若者は全身が透明なので、王宮に入り込み、王女の部屋まで行った。
王女はモスリンの肌着一枚で眠っており、若者はそれをじっと眺めていたが、次第に眺めるだけでなく触りたくなり、触ると王女は大声を上げて目を覚ました。
大声を聞いて王女の母と乳母がやって来て、王女から話を聞くと、誰かが隠れていないか部屋中を探した。
乳母は魔神(ジン)の仕業に違いないと思い、魔神に効くという驢馬の糞を部屋のなかで燃やし、部屋に煙を充満させた。
若者は煙が目にしみて、たまらず目を擦ったが、魔法の薬が次第に取れてしまい、ついに姿が見えるようになり、捕まえられてしまった。
乳母は魔神だと思っていたため、あえて殺さず精神病院に若者を監禁した。

帝王マハムードと総理大臣は若者の話を聞き、若者を精神病院から解放して、その王女の屋敷まで行かせると、それは先帝の末の娘である四女のことであった。
帝王マハムードは2人を結婚させ、若者を侍従に取りたてた。
一同は幸せに暮らした。

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次回は、九十九の晒首の下での問答です。

404406910744800384694480038477448003848544800384934480038507448003921X448003840X