【千夜一夜物語】(49)  運命の鍵(第788夜 – 第794夜)

前回、”羊の脚の物語”からの続きです。

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昔、エジプトの帝王(スルタン)で教王(カリーファ)のムハンマド・ベン・テイルンは、暴君であった父テイルンと逆で、非常な名君であった。
ある日、帝王ムハンマドは、大臣などの役人を一人ずつ呼んで、働きぶりを調べ、働きに応じて俸給を加減していた。
最後に御佩刀持ちが出てきて、「ご即位以来、死刑の執行がなくなり、収入がなくなってしまいました。
」と申し上げたため、帝王ムハンマドは治世が上手く行っていることを喜び、死刑の執行がなくても御佩刀持ちに年200ディナールの給料を渡すことにした。

帝王ムハンマドは、まだ話していない老人がいることに気付き、その老人の仕事を聞いたところ、老人は「40年前の先王の命令で、ある小箱を守っています」と答えたので、帝王ムハンマドがその小箱を見ると、中に赤土と、どんな学者にも読めない文字の書かれた紙があった。
帝王ムハンマドがその文字を読むようにお触れを出すと、先王に追放された男が現れ、その小箱は本来アル・アシャールの息子ハサン・アブドゥッラーのものであるが、40年前先王により小箱を取り上げられ、土牢に入れられていると奏上した。
帝王ムハンマドは驚き、すぐ土牢を探させると、ハサン・アブドゥッラー老人はまだ生きており、帝王ムハンマドが土牢から出して小箱のことを聞くと、次のように話した。

ハサン・アブドゥッラーはカイロの豪商の息子で、若くして学問を修め、美しい乙女と結婚し、幸せな結婚生活を10年間過ごしたが、突然不幸が押し寄せ、父がペストで死に、家が火事で焼け、持ち船が沈没するなど、瞬く間に無一文になってしまった。
ある日町で物乞いしていると、ベドウィンがハサン・アブドゥッラーの名を呼び訪ねてきたので、困惑しながらも家に招くと、ベドウィンはハサン・アブドゥッラーの貧しい暮らしを見て金貨10ディナールを渡し、それでハサン・アブドゥッラーの家族と食事をした。
ベドウィンは15日間毎日金貨10ディナールを渡し食事を共にしたが、16日目の朝、ハサン・アブドゥッラーに「あなたを私に売って欲しい」と言った。
ハサン・アブドゥッラーは、「人を殺せば1000ディナールの代償を払うことは聖典に書かれており、人を切り刻めば1500ディナーになっている。
」と言い、妻の反対にもかかわらず、1500ディナールで自分を売ることにした。
ハサン・アブドゥッラーは金を妻に預け、ベドウィンに従い旅に出た。

駱駝に乗って灼熱の砂漠を進み、11日目の朝、花崗岩でできた一本の高い柱がある所に着いた。
柱の上には銅像があり、その右手の各指に鍵が掛かっていた。
ハサン・アブドゥッラーはベドウィンの指示で、矢を撃ち鍵に当てて落とすことになった。
最初に落ちたのは黄金の鍵で、次は白銀の鍵だったが、それらは悲惨の鍵と病苦の鍵で、知らないハサン・アブドゥッラーはそれらを拾い懐に入れた。
次に鉄の鍵と鉛の鍵が落ち、それらは栄光の鍵と知恵と幸福の鍵で、ベドウィンが拾った。
最後に残った青銅の鍵は死の鍵であったが、それを狙い矢を射ろうとしたのをベドウィンが止めた拍子に、ハサン・アブドゥッラーは足に矢が刺さり怪我をしてしまった。

旅を再開して3日目においしそうな果樹が見えたのでハサン・アブドゥッラーが実を食べると、硬い実に歯が食い込み抜けなくなってしまった。
どうしても抜けないので、虫食いになった別の実から虫を取り出し、ハサン・アブドゥッラーの噛んだ実に移し、虫が実を食い歯が抜けるまで3日間待つことになった。
さらにハサン・アブドゥッラーは水あたりを起こし苦しんだ。

二人は更に旅をし、瘴気の山の麓に来た。
ベドウィンはハサン・アブドゥッラーに山頂に登り日の出まで待ち、東を向いて祈りを捧げるように言い、眠ると瘴気にやられるので眠らないように言った。
しかし山頂に着いたハサン・アブドゥッラーは夜明けまで眠ってしまい、何とか日の出の祈りはしたが、体中が水ぶくれになり、山を降りるときに転び、そのまま麓まで転げ落ちてしまった。
ベドウィンは日の出の時のハサン・アブドゥッラーの影から位置を割り出し、そこを掘ると大理石の棺桶があり、その中に人骨と、この小箱の中にある誰にも読めない字の書かれた紙があった。
ベドウィンが読むと「円柱のイラムの位置が分かった」と叫んだ。

二人は更に3日旅をし、水銀の河に架かった水晶の橋を渡り、黒い岩で取り囲まれた黒い谷に着いた。
ベドウィンはハサン・アブドゥッラーに角の生えた黒い大蛇を捕まえ心臓と脳を持って来るように言い、持ってくると、瓶に入れた不死鳥の血を取り出し、鍋にそれらを入れ、煮汁をベドウィンの背中に塗らせると、ベドウィンの背中から羽根が生えてきた。
ベドウィンはハサン・アブドゥッラーを連れて飛び立ち、飛んでいくと、回りを水晶の壁で囲まれた円柱のイラムに着いた。

円柱のイラムは宝石と金でできた街で、2人がルビーの門、エメラルドの門、瑪瑙の門、珊瑚の門、碧玉の門、銀の門、金の門を通り中央の宮殿に行き、その中庭のエメラルドの亭に行くと、この小箱があり、その中には赤い土があった。
それは赤硫黄というもので、金属を金に変える力を持っていた。
この町から宝石を盗むと殺されるので、小箱だけを持って飛んで水銀の川まで帰り、駱駝に乗ってカイロに帰った。

ハサン・アブドゥッラーが家に帰ると、既に家族は死んでいた。
ベドウィンは赤硫黄で錬金術を行い、大量の金を作り、大きな宮殿を建ててハサン・アブドゥッラーと一緒に住み、夢のような豪華な生活をしたが、ハサン・アブドゥッラーにとっては全く楽しくなかった。
ベドウィンはこうして幸せの内に生涯を閉じ、ハサン・アブドゥッラーは葬式を執り行った。

ハサン・アブドゥッラーが遺品を整理していると、運命の鍵の意味が書いてある紙を見つけ、初めて黄金の鍵が悲惨の鍵で、白銀の鍵が病苦の鍵であることがわかった。
ハサン・アブドゥッラーは怒り、坩堝で鍵を溶かそうとしていると、先王の兵士が来てハサン・アブドゥッラーを捕らえた。
先王はハサン・アブドゥッラーに錬金術の秘法を白状するよう言うが、先王は暴君だったので、ハサン・アブドゥッラーは暴君を利さないよう秘密を教えなかった。
このため、先王はハサン・アブドゥッラーを土牢に入れたのであった。

帝王ムハンマドは先王テイルンの行為を謝罪し、ハサン・アブドゥッラーを総理大臣に任命した。
ハサン・アブドゥッラーは錬金術の秘法を帝王ムハンマドに教え、帝王ムハンマドは残った赤硫黄で金を作り、神の意思に沿うよう、その金で回教寺院を建てた。
ハサン・アブドゥッラーはそれ以降120歳まで幸せに暮らした。

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次回は、巧みな諧謔と愉しい頓智の集いです。

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