『三国志演義』第十回 王室に勤めんとして馬騰義兵を挙げ、父の讐を報ぜんとして曹操師を興す!

 李傕、郭嘉は、献帝を殺そうとしたが、張済、范疆に諌められ官位を貰って引き下がった。
 大権を手にした李傕、郭嘉の手によって再び暴政が始まり、人々は虐げ、意に従わない者は斬り捨てられた。
 献帝は密奏を馬騰、韓遂に送って、賊を平定しようとした。
 李傕、郭嘉はカクの進言を聞かずに出陣するが、馬騰の息子バチョウにオウホウを討たれ、リモウを捕らえられて殺されてしまい、さんざんにやられた。
 そして、李傕、郭嘉はカクの聡明さに気付いた。
 李傕、郭嘉はカクを重用し、カクの戦略によって、馬騰、韓遂軍を大敗させた。
 馬騰は息子バチョウの奮闘で張済軍から逃げるが韓遂は范疆に捕まってしまった。
 しかし、韓遂は范疆に釈放された。
李傕は大いに怒って范疆を斬った。そして、これを見た張済は兵を集めて弘農へと帰ってしまった。
 その後、カクが人民を安じて賢人豪族を用いることを勧めたので都は少しは生気を取り戻すことができた。

 ところが、青州の黄巾の賊、数十万が立ち上がり、これを平定するために朱儁が曹操を推挙した。
 曹操はこれを平定し、鎮東将軍に封ぜられた。
 その後、曹操のもとに荀彧、その甥の荀攸が参じた。
 そして荀彧の推挙で程昱が、程昱の推挙でカクカが、カクカの推挙で劉曄が、そして劉曄の推挙でマンチョウと呂建が参じた。
 呂建の推挙で毛玠が推挙され、その他多くの者が曹操のもとに集まった。
 鎮東将軍になった曹操は一族を呼び寄せるが、途中、除州の鄧賢の配下で元黄巾であった張闓に父を殺されてしまう。
 曹操は兵3万で除州に攻め入った。
 途中で陳宮に出会い、
「ご尊父をあやめたのは張闓で鄧賢殿のあずかり知らぬ事。
 領民になんの罪があるのですか。」と言われた。
 しかし、以前曹操を見捨てて逃げたので、陳宮の言葉は全く聞き入れられなかった。
 鄧賢の臣曹豹は迎撃を勧め、鄧賢軍は迎え討った。
 曹豹は、夏侯惇を迎え討ったが、狂風に襲われて退却する事に。
 鄧賢が
「我が身と引き替えに領民を助けよう。」と言うと、一人の男が
「私にお任せを。」と進み出た。

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