国技としての大相撲、神事としての相撲を楽しむために。

大相撲11月場所の真っ最中ということもあり、改めて相撲について、整理してみたいと思います。

そもそも相撲は日本古来の奉納相撲を起源としており、江戸時代から続く職業的な最高位の力士たちによって行われる神事や武道、興行として成り立ってきました。
元々、弥生時代の稲作にともなう農耕儀礼として発生しており、庶民の間で相撲の原始的な形式が発達し、奈良朝の頃に天皇家に取り上げられ、年中行事による七夕の余興として行われるようになりました。
また、第十一代垂仁天皇の時、当麻蹶速と野見宿禰が相撲をとったという伝承があり、この勝負に勝った野見宿禰が相撲の祖神ともされています。
それが平安時代に入って、その年 農作物の収穫(五穀豊穣の有無)を占う「国占」という国家行事となり、宮廷儀式の「相撲節」として発達することになります。
その間に様々な技が洗練されてゆき、次第に現代のような独特の様式を持つ格闘技となりました。
神社では、祭の際には天下泰平・子孫繁栄・五穀豊穣・大漁等を願い、神事として相撲を行なうことも多いですよね。
そこでの相撲は占いとしての意味も持ってますし、勝敗によって五穀豊穣や豊漁を占う形が引き継がれています。
多くが1勝1敗で決着する(=神様と民とがそれぞれ公平に勝敗を決する)ようにしているものがみられますね。
こうした儀式ですが、要は五穀豊穣を願う行事と五穀豊穣を祝う行事の総称だと考えればよい訳です。

『日本書紀』には、秋九月に雄略天皇が二人の采女に命じて褌を付けさせ、自らの事を豪語する工匠猪名部真根の目前で「相撲」をとらせたと書かれており、これが記録に見える最古の相撲となるようです。
今でこそ女人禁制の相撲ですが、これは神社儀式、神事として扱われるようになったためと思われます。
記録に残る最初の相撲が女性というのも、今となっては趣がありますね。

江戸中期以降の大相撲は特に神道の影響が強く、力士の土俵入りの際に拍手をうち、横綱が注連縄を巻いています。
東京の本場所前々日には東京都墨田区の野見宿禰神社で出雲大社教の神官によって神事が執り行われていることからもわかるように、相撲はとても神聖なものなんです。
当然、横綱が行う一人土俵入りは、四股で邪悪なものを踏み鎮める地鎮祭と同じ意味です。
また、各場所の初日前日には土俵祭が行われていますね。
内容は土俵の真ん中に日本酒、米、塩などを封じ、相撲の三神(タケミカヅチほか二神)と弊束を7体祭り、立行司が祭主で介添えの行司が清祓の祝詞を奏上し、祭主が神事を行い、方屋開口を軍配団扇を手にして言上するというもの。
この後、清めの太鼓として呼び出し連が土俵を3周して終わるのですが、これにより、千秋楽にその場所の新序出世力士によって行司を胴上げする「神送りの儀式」によって神を送るまでの間、土俵には神が宿るとされています。

もう少し相撲の話しを続けます。

そもそも力士の醜名(四股名)には、なぜ山や海の名が多いのでしょう?
「しこ」は頑強・頑丈なことを意味しますが、力士の四股名には土地の名前をつけることが多いことから来ています。
神事相撲は、五穀豊穣、天下泰平を祈って奉納され、力士が四股を踏み、地霊を鎮め大きく両手を広げて、邪気を祓い清めたものだともいわれています。
勝負相手のいない「一人相撲」などの神事もあり、この場合は目に見えない神が相手です。
先にまとめたように、東西の勝負により豊作を占う所もあるのですが、こうした場合の力士は地域の代表です。
また力士は地域を守る神でもあることから、山と里の勝負で勝った方が豊作になるといった、五穀豊穣を祈る祭礼に密接不可分な存在である訳です。

では、横綱が巻いている注連縄とは、そもそもどんな意味があるのでしょうか?
神社にず張り巡らしてある注連縄。
稲藁でさまざまな形に造り、鳥居や神殿の入り口などに張られている、あれ、です。
あの「しめ(占・標・注連)」の意味は、神や人の占有地であることを示すしるしです。
つまり、神さまが占有している神聖な土地であることを標示しているのが注連縄ということなのです。
横綱は神様的存在だからこそ、注連縄が張られ、絶対にその地位から落ちません。
弱くなったら引退させられるのも、(存在として)呪力がなくなったと判断されるためとも言われています。

土俵に撒かれる塩については、消毒の役目のほかに、土俵を清めて自分を祓い、けがなどがないように祈るという神聖な意味を表します。
塩をまく行為は、江戸時代に勧進相撲が盛んになった元禄年間に、地中の邪気を祓って土俵を清めるために始められたという説もあるようです。

勝ち力士が勝ち名乗りを受けるときに、手刀を切る行為については、心という字を書いているという人もいるが、邪気や悪霊を祓いのけるのと同時に、相手方の無念や怨念が憑かないためのお祓いの意味もあるようです。
この行為は、昔、力士が大名のお抱え力士だったことに関係しており、勝負の結果によっては切腹する者も出る可能性があったらしいので、勝負の後も慎重にお祓いを行って、相手方の無念や怨念が憑かないようにした、といわれているようです。

弓取り式については、陰陽師は弓を使って怨霊を調伏していく法があって、それが修験道にも取り入れられたことからきているようです。
修験道の五方鎮めで弓矢を射つという呪術があって、これの名残りが相撲の弓取り式。
相撲をとって土地を荒らすと地の霊が目を覚ますので、それを鎮めるための地霊鎮め。
弓取り式は、こうした五方鎮めの意味がこめられているです。

力士の継ぎ足とでもいうあの独特の足使いについてですが、道教の歩行呪術に淵源を発しています。
道教では禹歩という北斗七星の形や八卦の意味を込めた歩行呪術があり、これで道中の安全や悪鬼、猛獣を避けることができるとされており、日本では反閇と呼ばれています。
これにより、悪星を踏み破って、吉意を呼び込むというもので、相撲で踏まれる「四股」もその延長線上にあるようです。

日本の国技ともいえる相撲ですが、こうした背景も踏まえて改めてじっくりと観戦している、というのも一興ですね。

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