紫式部の著した『源氏物語』は、100万文字・22万文節・54帖(400字詰め原稿用紙で約2400枚)から成り、70年余りの時間の中でおよそ500名近くの人物の出来事が描かれた長編で、800首弱の和歌を含む平安時代中期に成立した典型的な長編王朝物語です。
物語としての虚構の秀逸、心理描写の巧みさ、筋立ての巧緻、あるいはその文章の美と美意識の鋭さなどから、しばしば「古典の中の古典」と称賛され、日本文学史上最高の傑作とされています。
物語は、母系制が色濃い平安朝中期(概ね10世紀頃)を舞台に、天皇の親王として出生し、才能・容姿ともにめぐまれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏の栄華と苦悩の人生、およびその子孫らの人生が描かれているのです。
そんな今回は、「末摘花」の物語の続きです。
【源氏物語】 (壱) 第一部 はじめ
第二章 若紫の物語
[第一段 紫の君と鼻を赤く塗って戯れる]
二条の院にお帰りになると、紫の君、とてもかわいらしい幼な娘で、「紅色でもこうも慕わしいものもあるものだ」と見える着物の上に、無紋の桜襲の細長、しなやかに着こなして、あどけない様子でいらっしゃる姿、たいそうかわいらしい。古風な祖母君のお躾のままで、お歯黒もまだであったのを、お化粧をさせなさったので、眉がくっきりとなっているのも、かわいらしく美しい。「自ら求めて、どうして、こうもうっとうしい事にかかずらっているのだろう。こんなにかわいい人とも一緒にいないで」と、お思いになりながら、例によって、一緒にお人形遊びをなさる。
絵などを描いて、色をお付けになる。いろいろと美しくお描き散らしになるのであった。自分もお描き加えになる。髪のとても長い女性をお描きになって、鼻に紅を付けて御覧になると、絵に描いても見るのも嫌な感じがした。ご自分の姿が鏡台に映っているのが、たいそう美しいのを御覧になって、自分で紅鼻に色づけして、赤く染めて御覧になると、これほど美しい顔でさえ、このように赤い鼻が付いているようなのは当然醜いにちがいないのであった。姫君、見て、ひどくお笑いになる。
「わたしが、もしこのように不具になってしまったら、どうですか」
と、おっしゃると、
「嫌ですわ」
と言って、そのまま染み付かないかと、心配していらっしゃる。うそ拭いをして、
「少しも、白くならないぞ。つまらないいたずらをしたものよ。帝にはどんなにお叱りになられることだろう」
と、とても真剣におっしゃるのを、本気で気の毒にお思いになって、近寄ってお拭いになると、
「平中のように墨付けなさるな。赤いのはまだ我慢できましょうよ」
と、ふざけていらっしゃる様子、とても睦まじい兄妹とお見えである。
日がとてもうららかで、もうさっそく一面に霞んで見える梢などは、花の待ち遠しい中でも、梅は蕾みもふくらみ、咲きかかっているのが、特に目につく。階隠のもとの紅梅、とても早く咲く花なので、もう色づいていた。
「紅の花はわけもなく嫌な感じがする
梅の立ち枝に咲いた花は慕わしく思われるが
いやはや」
と、不本意に溜息をお吐かれになる。
このような人たちの将来は、どうなったことだろうか。