今日(11月25日)は、44年前の作家三島由紀夫自決の日です。
私が生まれた年（1966年）に４部作となる”豊饒の海”の連載が始まり、決起（1970年）当日の朝、担当編集者へ間接的に『豊饒の海 第四巻 天人五衰』最終回原稿が渡されて、そのまま陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地内で割腹自決に至っています。
私はまだ物心の付かない時期でしたから当時は良くわかっていませんでしたが、中学に上がる前後に”豊饒の海”を手にしていたら随分と父親に叱責されたものでした。
そうなると却って読みたくなるもので、三島由紀夫の本は何度となく捨てられながらもその度に買い直して読み込んでいたものです。
おそらくはその純粋すぎる程の文体と、難解なわりには読みやすい構成が当時の自分には居心地よかったのかもしれません。
やがては、当時の背景や割腹自決に至る経緯なども理解するようになりましたが、文学としての”豊饒の海”は、それからもずっと私の本棚の脇を占めてきました。
そんな”豊饒の海”のモチーフは仏教思想を元に構成されており、核となるのは輪廻転生の輪の中で苦しむ人間の姿の物語です。
本編は、語り部となる本多繁邦と、その友人で一巻の主人公松枝清顕が何度も転生して二巻以降へと続いていく輪廻転生の物語です。
一巻 春の雪：明治末期の華族の悲恋話。美的理念として”手弱女ぶり”（たわやめぶり）、”和魂”を表す。
二巻 奔馬 ：昭和初期の右翼青年の話。政治的行為として”益荒男ぶり”（ますらおぶり）、”荒魂”を表す。
三巻 暁の寺：戦前・戦後のタイのお姫様の話。本多が認識なるものを突き詰めようとするもので、”奇魂”を表す。
四巻 天人五衰：昭和後期の本多の養子の話。衰弱にいたった本多の姿の自己克服を示すもので、”幸魂”を表す。
テーマとしては、
・仏教の唯識思想
・神道の一霊四魂説
・能の「シテ」「ワキ」
・春夏秋冬
といった東洋の伝統がモチーフになって描かれていますが、どうやら平安時代後期に成立した後期王朝物語の一つ”浜松中納言物語※”を典拠としているようで、まさに”夢と転生の物語”となっている訳です。
※）”浜松中納言物語”といえば、、夢のお告げや輪廻転生を軸とした超常的な事象が取り上げられることで有名ですが、”源氏物語”に大きな影響を受けていることとしても知られています。
”源氏物語”は、以前に少しまとめてみましたので、こちらも参考としてください。
今日(11/1)古典の日に、源氏物語を読む！
”浜松中納言物語”についても、改めて整理してみたいと思います。
そこでこのこの唯識思想ですが、豊饒の海における特に重要なテーマです。
唯識思想というのは、
「一切の対象は心の本体である識によって現し出されたものであり、
個人々にとってのあらゆる諸存在が、唯（ただ）、八種類の識によって成り立っている。
これら八種の識は総体として、ある個人の広範な表象、認識行為を内含し、
あらゆる意識状態やそれらと相互に影響を与え合うその個人の無意識の領域をも内含する。」
というものです。
八種類の識とは、五種の感覚（視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚）、意識、2層の無意識（末那識、阿頼耶識）を指しますが、問題は無意識にあるものです。
末那識 ：意識と対立する識で、自分でも無意識のうちに考えていること。
阿頼耶識：無意識すらも超えた、人間存在の根本にある識。
一瞬で消滅し、一瞬で再生することを繰り返すことで、永遠に存在するものとして捉えれば、この小説のテーマとして少しは理解できるのではないでしょうか。
三島の代表作”金閣寺”や”潮騒”に比べると、どちらかといえば評価が低くみられがちな”豊饒の海”ですが、この小説には三島作品に表れる共通のテーマが凝縮されているように読み取れるのです。
・日本人と美徳
・美と醜
・若と老
・生と死
・自意識
・思想
・天皇崇拝
・国粋
・歴史
”豊饒の海”について三島はこのように語っていたそうです。
「小説家になつて以来考へつづけてゐた“世界解釈の小説”を書きたかつた」
「長編小説として屈指の長さを持ち、小説なるものがこの世に出現して以来、最も長い時間にわたり、かつ、国境を越え広大な空間に展開させ、この人間世界全体を可能な限り覆い尽くし、この人間世界の成り立ち、その意味を解き明かすこと、小説なるものの存立の意味を示すことという”究極の小説”を目指した」
果たして、究極の小説となりえたのか？
それは読み手それぞれに委ねることにします。
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