【千夜一夜物語】(54) 底なしの宝庫(第821夜 – 第826夜)

前回、”帝王マハムードの二つの世界”からの続きです。

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昔、教王(カリーファ)ハールーン・アル・ラシードが大臣ジャアファル・アル・バルマキーに「最も気前の良い人間は誰か。
」と尋ねたところ、ジャアファルは「教王様ではなく、バスラのアブールカセムという若者です。
」と答えた。
教王はこの予想外の回答に怒り、ジャアファルを地下牢に閉じ込め、自ら真偽を確かめるべく、商人に変装してバスラに旅立った。
バスラに着き、アブールカセムの屋敷を訪ねると、アブールカセムは旅の商人の姿をした教王を快く迎えた。
館に入ると、内面は宝石や金で美しく飾られており、まず通された第一の広間で珍しい飲み物を飲み、次の広間でおいしい料理を腹一杯食べ、第3の広間で酒を飲み、歌姫たちの演奏を聞き、舞姫たちの舞を見た。

アブールカセムは教王に、幹は白銀、枝葉はエメラルド、果実はルビーでできた鉢植えを見せ、その木の上に止まっている黄金の孔雀を琥珀の棒で叩くと、黄金の孔雀は動き出し、龍涎香、甘松香、伽羅の香りをあたりに漂わせた。
教王が興味を示すと、アブールカセムは鉢植えを片付けてしまった。

次にアブールカセムは、葡萄酒を満たした杯を持った美しい少年奴隷を連れて来た。
教王が杯を受け取り飲むと、空になった杯から葡萄酒が湧き出し、杯は再び葡萄酒で満たされた。
この杯は魔法の杯であった。
教王が興味を示すと、アブールカセムは少年奴隷に魔法の杯を持たせて退出させてしまった。

次にアブールカセムは、琵琶を持った美しい奴隷の乙女を連れて来た。
乙女は琵琶で美しい音色を奏で、教王は聞き惚れたが、アブールカセムは乙女を退出させた。
教王は、客に少しだけ見せて、客が興味を示すと片付けるやり方を無礼だと感じ、アブールカセムを非難して館を出て宿屋に帰った。

宿屋に帰ると、琵琶を持った乙女も、魔法の杯を持った少年奴隷もいて、さらに、宝石の鉢植えを持った別の少年奴隷やその他大勢の奴隷がいて、それらはアブールカセムからの贈り物であった。
教王は短慮を恥じ、アブールカセムの館に戻り、贈り物を謝し、なぜそれほどの財力があるのかを尋ねたところ、アブールカセムは次のように答えた。

アブールカセムの父はアブデルアズィーズといい、代々続くカイロの大宝石商人であったが、エジプトの帝王(スルタン)が暴君であったため、バスラに移り、そこで結婚してアブールカセムが生まれた。
アブデルアズィーズが亡くなると、一人息子であったまだ若いアブールカセムが全財産を相続したが、2年のうちに浪費し無くしてしまった。
アブールカセムはバスラを後にし、モースル、ダマスを放浪し、メッカに巡礼し、父祖の地であるカイロに着いた。

カイロの町を歩いていると、ナイル川に面した帝王の宮殿の裏手を通ったが、窓の奥に一瞬見えた乙女に恋をしてしまった。
その日は窓の外で一日中待ったが、その乙女は二度と現れなかった。
翌日もその窓に来ると、乙女が現れ、真夜中に来るようにとだけ言って、消えてしまった。
真夜中に来ると、縄梯子が降りてきて、それを登って窓から入るとその乙女がいた。
乙女はラビバといい、帝王の側室であったが、帝王が不能であったため、処女のままであった。
2人が抱き合おうとしたとき、帝王の兵士が入ってきて、2人を捕らえ、ナイル川に投げ込んでしまった。
アブールカセムは岸に着くことができたが、ラビバの姿は見えず、必死に探したにもかかわらず行方が分からなくなってしまった。

アブールカセムはカイロを逃れ、バグダードで行商を始めた。
するとある老人がアブールカセムに興味を示し、砂糖菓子を10ディナールの大金で買い、生い立ちを聞いてきた。
アブールカセムが話すと、老人は感動し、養子にならないか聞いてきたので、アブールカセムは承知した。
2人は老人の屋敷のあるバスラに移った。
アブールカセムは孝行に努めたが、1年すると老人は最期の時を迎え、アブールカセムの孝行に感謝を表し、屋敷内にある底なしの宝庫への入り方を教えてくれた。
その宝庫は誰が作ったものか分からないが、代々受け継がれてきたもので、無限とも言える宝物が入っているのであった。
老人は教え終わると、息絶えた。
アブールカセムは金を使い出したが、人々の予想に反して、金が無くなることはなかった。
役人が金を要求して来て、それを払っても全然大丈夫であった。

話を聞くと教王はどうしても底なしの宝庫が見たくなり、頼むと、アブールカセムは教王を目隠しして、地下にある底なしの宝庫に連れていった。
見ると、大きな広間に宝石の山がいくつもあり、今まで使ったのは山2個分でしかなかった。
宝庫にはそのような広間が無数にあり、アブールカセムは教王を順に案内したが、広間の数が多すぎて、途中で疲れて宝庫を出てしまった。
教王はアブールカセムに感謝し、バグダードの宮殿に帰った。

教王はジャワファルを地下牢から出し、アブールカセムからもらった少年奴隷2人を与えた。
宝石の鉢植えと、琵琶弾きの乙女は正后ゾバイダに与え、魔法の杯は自分の物とした。
教王はアブールカセムをバスラの王に任命するためバグダードの宮殿に招いたが、その夜の宴に現れた歌姫がラビバであり、それを見たアブールカセムは気絶してしまった。
ラビバはナイル川に投げ込まれたあと、漁師に助けられ、奴隷商人の手を経て教王に献上されたのであった。
2人は結婚し、教王の庇護のもと幸せに暮らした。

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次回は、気の毒な不義の子のこみいった物語です。

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