『グローバリゼーション 人類5万年のドラマ』は、全編にかけて様々な人々、貿易商、布教師、戦士、そして冒険家らがいかにして世界に拡散し、そして世界を結びつける役割を担ってきたかが描かれています。
現在のグローバリゼーションという言葉が抱える諸問題や実情の考察があり、やがてこれからの世界の希望と絶望とが入り交じった将来像が浮かび上がっていくという、いわば世界史上の様々な出来事がグローバリゼーションという言葉をキーにしてつながり合っていくダイナミックな構成に仕上がっている書物です。
つまり、5万年のグローバリゼーションの歴史を並べただけの書物ではなく、グローバリゼーションをグローバルに眺望するための本。
著者のナヤン・チャンダ氏は「ファー・イースタン・エコノミック・レビュー」編集長等を経てエール・グローバリゼーション研究センター出版部長、エール・オンライン編集長として第一線で活躍中のジャーナリストです。
原題は「Bound Together How Traders, Preechers, Adventurers, and Warriors Shaped Globalization」。
如何に人類が結ばれしものとして今日のグローバル化した超結合世界(Hyper Conected World)に至らしめたかを、壮大な歴史絵巻として展開していて非常に楽しめる内容なので、改めて整理してみたいと思います。
では、表題のグローバリゼーションとは何でしょうか?
この本の主題は、グローバリゼーションが何にもまして良い暮らし、より満足いく生活を求めようとする人間の根源から生まれたものであることと、これを推し進めてきたのが多くのさまざまな分野の人々、要は貿易商、布教師、戦士、そして冒険家に分類される人々だと言うことです。
つまりグローバリゼーションとは、民族、国家の範疇を越えて更に世界の発展を推し進めて行くための止め得ない現実であって、急速に一体化するこの世界をもっと調和のとれたコースに向かわせるべく、グローバル化の統合プロセスを逆行させないための様々な制度や何万もの市民組織を持ち、向かう世界にさらに明るい未来があると確信していると言うのです。
約5万年前にアフリカを旅立った人類の祖先は、東南アジア、中央アジア、ヨーロッパ、シベリアへと広がり、約1万4千年前に南米大陸の南端に到達して「地球征服」を完了しましたが、それがまず最初のグローバリゼーションでした。
その後、人類はそれぞれの地域間の距離を縮めようとすることで歴史をつくりあげてきています。
4千年前は1日に約30キロの移動がやっとのロバ。しかしラクダを家畜化することで、人間の行動範囲は一気に広がり、それがシルクロードの形成につながります。
続いて帆船です。モンスーンの発見で、インドとローマ帝国の往復はわずか3カ月に縮まります。
そして蒸気船の登場。これにより、大西洋と太平洋は「池」になっていきます。
そして現在はジェット機とインターネットとなる訳です。
このように、氷河期末期に生まれ出でた我々の祖先の一握りのグループがアフリカを後にし、より豊かな食料と安全を求めて世界に散らばって行ったその瞬間から説き起こして、ラクダの隊商からeコマースへと変わって行った交易、キリスト教布教の為に拡散して行った大航海時代の宣教師やインドを目指した玄奘三蔵から環境保護や人権保護のために苦闘するNPO、世界中を股にかけて大洋に躍り出た冒険家から今日のツーリズム・ブーム、帝国の織り成す世界制覇の野望、そして、奴隷や細菌やトロイの木馬の暗黒世界、等々の縦横無尽に興味深いテーマをドラマ以上に面白く語りながら、人類の歩んで来た軌跡を紡ぎ出してくれるのです。
グローバリゼーションがもたらしたものは富の偏在です。
米国企業の幹部は一般的な米国労働者の170倍もの報酬を手にし、一方で途上国の貧困者はさらにその貧困の度合いを増しています。
グローバリゼーションの拡大によって、中国やインドなど新興国が蘇って、一挙に、最貧困層の人口が激減して、少しずつ、貧困問題が解決されつつあるとも言ってます。
こうした意見には異論もあるのでしょうが、それでもグローバリゼーションを人類およびその営み活動の拡散と融合と言う形で捉えれば、既に頂点に到達したと言うべき段階まで人類の歴史は来ていると言えるのかもしれません。
しかし、新天地を求めて旅を続けてきた人類が、とうとう辿り着いたのは既に後のない有限の地球で、これ以上拡散することも耕して増産することもままならない窮地に追い込まれてしまっています。
そうした観点でみれば、夢と冒険に胸を躍らせ、或いは、残虐極まりない闇を背負って生き続けて来たグローバリゼーションへの人類の旅路が現代において曲がり角に差し掛かり、その上でいよいよ人類の意思と知恵を試しているような気さえしてくるのです。
私達の知的好奇心をそそる本著にじっくりと取り組んでみてはいかがでしょうか。
お奨めです。
[目次]
第一章 すべてはアフリカから始まった
旅の隠された物語/アフリカの一人の母/オーストラリアへの急行便/紅海の晩餐/わが、曽、曽…曽祖父はアフリカ人/黄帝の黒い母/アメリカに渡る/皮膚の色を変える/気候が身体を変える/イチジクの木のルーツ/新たな移住/交易による結びつき/帝国の衝動/信仰を説く
第二章 ラクダの隊商(キャラバン)から電子商取引(eコマース)へ
大きな家はいつ持てるのか/砂漠の船/甘いワイン、干しイチジク、そして学者/インド洋の無賃航海/イタリアの冷たく香り高いワイン/アラビアの大三角帆船と中国の舵/マラバルのユダヤ商人/ヴェネチアの喉を扼するメラカの手/「悪魔の使いよ、おまえは何をしにきたのか?」/金貨からオンラインのペイパル決済へ/銀、繊維、香辛料の三角地帯/粘土板からインターネットへ/メラカからメンフィスへ/新たなモンスーン
第三章 ワールド・インサイド――世界がその中に詰まっている
マネーより換金性の大きな綿/不信心者の糸は使うなかれ/王様になった綿と奴隷/供給チェーンとタコ部屋/跳ね回るヤギ/悪魔のおいしい飲み物/コーヒー豆に愛をこめて/飢えをごまかすもの/インターネット・カフェ/押し合いへし合いするゼロ/タレスの琥珀/コロッサスからマイクロチップへ
第四章 布教師の世界
信仰と旅/黄金を求めて/仏陀の足跡/絹の貿易/ナザレの大工/伝道葡萄/アフリカに「神のハイウェー」を通す/砂漠の啓示/聖戦がアジアにやって来た/すべての道はメッカに通ず/「茹だってしまえ、汝、悪魔の申し子よ」/「暗さを乗ろうより蝋燭を灯すべし」/認識は瞬時に行き渡る
第五章 流動する世界
ハンノと河馬/キリンを持ち帰る/「百万の法螺」の旅/旅行者の馬取引/ユダヤ人のマルコ・ポーロ/「知識を求めよ、中国に行ってでも」/新世界のゴールドラッシュ/マカタン島での非業の死/統治とは人を住まわせること/奴隷、苦力、旦那様/カリブ海への棺桶船/ジャマイカ人、ロンドンに襲来す/移民特急――セヴィーリャからサイゴンまで
第六章 帝国の織りなす世界
世界帝国の夢/偶像崇拝者を殺せ/アフリカの誘惑/モンゴル人の種を蒔く/征服し、住まわせよ/言語ネットワーク/神の道具としての帝国/法の帝国/モンゴルの贈り物はズボンと弓の弦/中国の火薬、ペルシアの工業技術/朝鮮人、キムチを手に入れる/本物のノアの方舟/ヴィクトリア女王の世界に伸びる電信線
第七章 奴隷、最近、そしてトロイの木馬
ヨーロピアン・ドリーム/最古の貿易/奴隷―兵士、労働者、コンパニオン/奴隷・砂糖コンプレックス/アジアとアメリカ大陸の架け橋/産業革命の推進/彼方からの見えざる脅威/死のハイウェー/検疫の誕生/兵士、蒸気船、そしてスペインかぜ/国境なき病/ウィルス・ハンター/キスマーク/ゼロデイ・ウィルスを警戒/犯罪市場
第八章 グローバリゼーション――流行語から呪われた言葉へ
スプートニクとアムネスティ・インターナショナル/グローバリゼーション=保護主義/国際貿易は過去、グローバリゼーションは未来/ブラック・マンデー(暗黒の月曜日)/GO-GOグローバリゼーション/グローバリゼーションの「バンブー(空洞)効果」/人殺しのWTOを殺せ/グローバリゼーションはここにある/九・一一ショック/反グローバリゼーションからもう一つのグローバリゼーションへ/アウトソーシングの脅威
第九章 グローバリゼーションを恐れる者は誰だ?
疫病が見の貿易/全滅/空飛ぶ牛、ビッグマック/長距離公害/不条理劇/解雇通知とウォルマート/仕事泥棒の侵入/低賃金、高度処理能力/大金持ちと美容師の国/ポーランド人配管工の溶解/丸見えの勝者と敗者/ラテンアメリカ、アフリカの疑惑の発展
第十章 前途
貧困から救済された数百万の人々/解き放たれた資本、失業者/金持ちのパーティータイム/世界的流行病の暗雲/帝国の負の遺産