おまじないっていつ頃から浸透していたかご存知ですか?
平安時代、時の権力者や貴族達は、政治や生死に関わることに対し、陰陽師や密教僧侶といった呪術のプロフェッショナルを活用していました。
しかし、日常の些細なことがあるたびにそういったプロを呼ぶ訳にもいきません。
こうした日々の不安を軽減するために重宝されていたのが、おまじないです。
当時は街灯もなく、暗闇は不安と恐怖の対象でした。
そうしたものに対し、おまじないにすがって唱え、多くの不安を解消・軽減させていたのだと考えられています。
何でも当時は、数百のおまじないが存在したとも言われています。
こうした不安の種類毎のおまじないは、貴族に広く流布していた『口遊(くちずさみ)』や『二中歴(にちゅうれき)』といった書物からの引用でした。
『口遊』は、源為憲が書いた貴族子弟のための教科書・幼学書でして、乾象(天文)、時節、官職、人倫、禽獣など全1巻19節に分け暗唱できるようにまとめてある書物です。
九九や子丑寅卯….という今でも使われているものから、字母歌『あめつち』や『たゐに』、夜道を歩いていて死体に会ったら唱える歌といったまじないの類のものまで様々な内容が盛り込まれています。
※)字母歌は、頁末に記しておきます。
『二中歴』は、平安時代後期に成立した「掌中歴」と「懐中歴」の内容をあわせて編集したもので、現代では「掌中歴」の一部が現存するのみとなっている、貴族社会のあらゆるジャンルを網羅した百科事典のような書物です。
貴族社会では、こうした書物を読んで日常に役立つおまじないを覚えたといわれていることから、おまじないは当時の貴族が身に付けるべき教養やたしなみのひとつだったことが伺えます。
言霊という言葉があることからもわかりますが、言葉を音にすることでその力が増す、といわれています。
平安時代の人々が言霊を信じておまじないを唱えたように、口に出すことでその言葉は力・威力を持つのです。
これはおまじないに限った話しではありません。
日々の生活の中でも言葉を大切にし、言霊に乗せて過ごしてまいりましょう。
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参考までに、『口遊』や『二中歴』に記されていたおまじないの幾つかをご紹介しておきます。
「おまじない」
・良い夢を見た場合:
「福徳増長須弥 功徳神変王如来(ふくとくぞうちょうすみ くどくしんぺんおうにょらい)」と3回唱える。
ありがたい名号の仏に夢の現実を願いまじない。
縁起の良さそうな名号を並べることで、その成就を目的としたもの。
・悪い夢を見た場合:
「悪夢着草木 吉夢成宝王(あくむくさきにつき こうむはほうぎょくとなる)」
1. 左手に身代わりの人形を持ち、右手に水の入った器を持つ。
2. 東向きの戸あるいは窓のあるところで上記のまじないを3回唱える
3. とあるいは窓から人形と水を捨てる
見た夢(特に悪夢が)現実とならないよう、その夢を吉に変えるまじない(身代わり、夢違えの法)
・雷が鳴った場合:
「東に向かって 阿伽多(あかた)
南に向かって利帝魯(りてろ)
西に向かって須陀光(すだこう)
北に向かって蘇陀摩尼(そだまに)」
と唱える。また、これらを紙に書いて部屋の東西南北の柱や壁に貼っておく。
あらゆる災難を退けるまじないとされ、地震や火事などからの災い除けとしても活用された。
・くしゃみが出た場合:
「休息万命 急急如律令(くそくまんめい きゅうきゅうにょりつりょう)」と唱える
くしゃみは悪いことが起こる予兆のため、それを防ぐまじない。
休息万命は生命力の回復や長寿を目的としたもの。急急如律令は中国のおまじないを真似たもの。
・大勢の前に出る場合:
「男性は、左の手のひらに”水”の字を書く。
女性は、右の手のひらに”水”の字を書く。」
水には強烈な破壊力を持つとして、その力を恐れながらも憧れを抱いていた。
大勢の人々に対応する際に、水の偉大なる力が必要と考えていたダメです。
『字母歌』
『口遊』収録されている、『いろは歌』に先行して作られた有名な字母歌『あめつち』と『たゐに』も記しておきます。(参考までに『いろは歌』も記します)
『あめつち』
あめ つち ほし そら
やま かは みね たに
くも きり むろ こけ
ひと いぬ うへ すゑ
ゆわ さる おふせよ
衣の江を なれゐて
天 地 星 空
山 川 峰 谷
雲 霧 室 苔
人 犬 上 末
硫黄 猿 生ふせよ
榎の枝を 慣れ居て
『たゐに』
たゐにいて
なつむわれをそ
きみめすと
あさりおひゆく
やましろの
うちゑへるこら
もはほせよ
えふねかけぬ
田居に出で
菜摘む我をぞ
君召すと
求食り追ひ往く
山城の
打酔へる児ら
藻干せよ
え船繋けぬ
『いろは歌』
いろはにほへと
ちりぬるを
わかよたれそ
つねならむ
うゐのおくやま
けふこえて
あさきゆめみし
ゑひもせす
色はにほへど
散りぬるを
我が世たれぞ
常ならむ
有為の奥山
今日越えて
浅き夢見じ
酔ひもせず